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「抜き打ち試験のパラドックス」についての真面目な考察

抜き打ち試験のパラドックスの原文

教授が言いました。「来週必ず抜き打ち試験を行う。実施日は前日には判らない。皆毎日勉強をしてくるように」

学生は考えました。「木曜まで試験がなかったら金曜に試験することが判ってしまうから、金曜には試験はない。水曜まで試験がなければ木曜か金曜だが、金曜には出来ないのだから木曜と判ってしまう。同じように考えていけば月曜に試験するしかないが、それは日曜に判ってしまうから、抜き打ち試験は不可能だ!」

ところが試験は水曜日に行われ、誰も予測できませんでした。
学生が実施不可能と思った「抜き打ち試験」は、何故成立したのでしょう?

抜き打ち試験のパラドックスの解説

これは様々な専門家による説明がなされています。要は試験が金曜日に行われた場合、それを「抜き打ち試験」と呼べるかどうか、のようです。これを次のようなパラドックスに置き換えてみます。

「伏せた5枚のカード中に1枚以上のエースがある。端から順に1枚づつ開いて行くが、エースかどうかは開いてみるまで判らない」

この文はエースが5枚目だけにある場合は誤りです。開く前に伏せたカードがエースであることが判ってしまうからです。 この文は二つの定義を含んでいます。「1枚以上のエースが(必ず)ある」と「開いて見るまで判らない」で、この文章ではどちらか間違っています。どちらが間違っているかを明らかにするには、以下のいずれかの但し書きを追加することが必要です。

「4枚目までにエースが出なかった場合、エースは1枚もないかもしれない」
「4枚目までにエースが出なかった場合、エースは5枚目にあることが開く前に判る」

学生はこの但し書きのどちらに相当するものが不足しているのか判りません。木曜までに試験がなかった場合、試験は全然行われないかも知れないのです。しかし学生はこの不完全な文章を盾にとって「抜き打ち試験の実施は不可能だ」と主張することは出来ません。それはカードの例で「エースがこの中に存在することは不可能だ」と言えないのと同じです。

学生は教授に、より正確な文章を要求することは出来ても、「試験が行われるか行われないか判らないのも抜き打ち試験の定義に含まれる」と言われればどうしようもなく、学生が出来るのは、ドアの上に黒板消し(今は白板?)を挟んでおくこと位でしょう。

つまりこのパラドックスは不完全な文章から成っており、「抜打ち試験」が成立するのは不思議ではないということです。 私は論理学者でもパラドックスの専門家でもないので、これが正しい解答かどうかは判りません。しかし、私はこう考えてすっきりしました。この感じは禅問答への僕なりの回答と共通する点があるようです。

 

追記です。もう一つ別の解答を読みました。学生は、「木曜までに試験が行われなかった場合、試験は金曜しかないと判ってしまうから、金曜に試験を行うことは不可能だ」と考えました。従って教授は、その予想に反して金曜に試験を行うことが可能です。

上の、5枚の中の1枚のエース」では、但し書きのどちらが不足しているのか判らない、つまりエースがどこにあるのかは、予測出来ないのです。従って「但し書き」を追加しなくてもこの文章は、そのままで正しいということになるでしょう。上では「この文章ではどちらか間違っています」と書きましたが、どちらも間違っているとはいえない、というのが結論でしょう。

すなわち、「抜き打ち試験」はパラドックスを含んでいるので、試験がいつ行われるのかは、学生には判らなくて当然である、ということになります。従って、5枚の中のエースも、「開いてみるまで分からない」というのです。納得されますか?