日本屈指のテーラー・久保田博氏|『ブルーシアーズ』創立10年目の本音

スーツの聖地、サヴィル・ロウの英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』の日本人初の認定ヘッドカッターである久保田博氏の手から生まれるビスポークスーツは、気品に溢れながら、同時に凛々しく、そして繊細で美しい。彼がこよなく愛する英国チェルシーFCのクラブカラーの“ブルー”と、大ばさみを意味する“シアーズ”を組み合わせたビスポークハウス『ブルーシアーズ』では、サヴィル・ロウ直伝のスタイルを継承しながら、新機軸を所々に盛り込んだ独自のスーツ世界が繰り広げられている。

来年、創立10年目を迎えるにあたって、新たな展開や今後の展望まで…。今回は日本屈指のテーラー・久保田博氏のインタビューをお届けする。

#01.チェルシーは僕の一部。クラブカラーのブルーは、人生にとってかけがえのない色

– 日本の高校を卒業後、イギリスの大学に留学されていたことは存じ上げていましたが、元々はマネージメントを専門に学ばれていたとお聞きして驚きました。一体、どういう経緯で、テーラーの道に進まれたのですか?

イギリスの大学に留学中、「サヴィル・ロウの歴史と経営学」という、文字にするとなんともいかめしいタイトルの卒業論文を書いたんですよ(笑)。その時に、インタビューをさせていただいた会社がサヴィル・ロウ1番地の「ギーブス&ホークス」でした。論文を制作するにあたり、20社くらいに手紙を書いて取材先を探していたのですが、唯一、ギーブス&ホークスの担当者の方からは、「うちはボランティアではないので、そういったことは致しかねます」といった内容の返事が返ってきました。そしたら、教授がアポを取ってくれて繋いでくれたんです。それが最初のきっかけでしたね。

– 論文を書くための取材にはじまり、テーラー(本縫いをする人)、カッター(裁断師)としての技術を習得する“作り手側”にまわるまでにはどんなストーリーがあったのですか?

当初はドアマンや日本人のお客様の通訳を担当していました。当時の僕は二十歳そこそこで、テーラーやカッターの方は二回りくらい年上の方が大半。シャイでしたし、緊張の日々でしたが、おしゃべり好きな方が多く、中でも、テーラーの方たちと仲良くさせていただいていました。毎週土曜にオフィスを訪問していたのですが、「じゃあ、次の土曜までにちょっとこれをやってみてこいよ」という感じで、作る側の仕事に携わらせていただくようになりました。

それがきっかけで、卒業後、そのままアルバイトとして働かせていただくことになったんです。オックスフォード・ストリートにあるチェーン百貨店「セルフリッジズ」のギーブス&ホークスの店舗で。その半年後くらいに、サヴィル・ロウの本店に戻り、トラウザーズメイキング(パンツの仕立て部門)で修行し、その後、ジャケット部門へ。カッティングを学んだのち、27歳の時に日本に戻ってきました。オートレーション(お直し)から採寸も含めて、順繰り、ひと通り経験させていただきました。

– 2005年に立ち上げられた自身のブランド『ブルーシアーズ』のブルーは、英国チェルシーFCのクラブカラーから取ったものだそうですね。

チェルシーFCは、今でも僕にとって特別なサッカーチームです。たまたま借りたアパートがチェルシー地区のスタジアムのすぐそばだったんです。当時は遊ぶところもあまりなかったですし、近いから試しに行ってみようと思って観に行ったら、それから行きっぱなしになりまして(笑)。以来ずっと応援し続けています。

サヴィル・ロウでの修行時代、アジア人がまだ少なかったこともあり、今よりも人種差別みたいなものはやっぱりあったんですね。ひとり、僕のことを明らかに敬遠している人がいたのですが、その人はリバプールファン。社内でも僕がチェルシーファンということは有名だったんですが、リバプールにチェルシーが負けたある試合の翌日、彼がいきなり話しかけてきたんです。「どうなの、博?」と気遣うような感じで。「あれ、俺のこと嫌いだったんじゃないの?」と驚きましたが、チェルシーのおかげで、最終的には飲みに連れて行ってもらうほど仲良くなれて、めちゃくちゃ嬉しかったですね。苦い思い出も楽しい仕事も、チェルシーと共に味わってきました。チェルシーは僕の一部であり、クラブカラーのブルーは、人生にとってかけがえのない色です。

#02.香港に尊敬される国、日本から発信するブルーシアーズのビスポークスーツ

– 近年は、日本だけでなく、香港でもご活躍されていると伺っております。

昨年は4回受注会を行いました。香港はイギリスの植民地だったこともあり、スーツに対する知識のある人も多く、今、ヨーロッパのテーラーも集まってきている熱い国だと思います。東京だと、新宿があって、渋谷があって、銀座があって、青山があって、それぞれに大きな街が点在していますが、香港はマンハッタンと似ていて、何かとぎゅっと詰まっている街ですね。会員制のジェントルマンズグラブをはじめ、そういう人たちのコミュニティで動いているところなので、お客様からまた別のお客様を紹介していただくことも多いです。ありがたいことに、日本は香港ですごく尊敬されているんですよ。

– それは国としてですか?

色んな意味でレベルが高い国として尊敬されていると思います。欧米への憧れももちろんありますが、日本の洋服が好きで、研究している人はたくさんいます。セレクトショップに行くと、LEONやMen’s EXの雑誌が置いてありますし、スタッフの方が僕のことを知ってくださっていたりして驚きます。

– 逆に香港から久保田さんのスーツを買うために来日される方もいますか?

香港のお客様は、よく来てくださいます。仕事やレジャーを兼ねて来日されて、東京に来た時に寄られることが多いですね。元々、香港ではじめたのも、僕のところに仮縫いなどでひんぱんに来られていたあるお客様がきっかけでした。3.11の震災の翌日にもその方のアポが入っていたんですが、当然ながら、飛行機が飛ばず、その時はキャンセルになりました。「いつも日本に来ていただいているので、今度は私が行きます」と言って、僕が現地に出向きました。それがスタートとなり、その方を通じて色んな方を紹介していただいたりして、現在に至ります。

– お聞きしていると、何事も久保田さんがひとつ決めて動くと、導かれるように人との出会いがあり、新しい扉が拓いて、快活な感じがします。

#03.目標は、若い人たちに「いいな」と思ってもらえるようなスーツを作っていくこと

– 二子玉川の閑静な住宅街に構えた『BLUE SHEARS』に次いで、大阪初上陸のビスポークハウスをオープンされたそうですね。

「バルカナイズ」というセレクトショップと取引させていただいていたんですが、そこのギーブス&ホークスの担当の人が退職することになったんですね。彼はフィッター(注文に合わせて仮縫いをし、体にぴったり合うようにする人)で、「辞めるなら、うちで働いてみない?」と声を掛けました。今は彼に大阪店を切り盛りしてもらっています。セカンドライン、パターンオーダーはスタッフに担当してもらいつつ、ビスポークは東京と同様に、僕自身が裁断・縫製をはじめ、すべての工程を行っています。まだオープンして間もないこともあり、今は大阪店に集中している感じですね。

– そんな多忙を極める中、『ブルーシアーズ アカデミー』も開講されているんですよね?

はい、スーツ作りのスクールですね。毎週水・木の夜19時から3時間、開講しています。現在、生徒は10人いて、うち3名は女性です。プロのテーラーを目指している人がほとんどですが、中には何かリアルなものを自分の手で作りたくて、入学したというまったく異業種の方もいます。

他にも、某有名企業の社員の人で、ここで学んだスキルを生かして独立したケースもあってさまざまですね。受講過程を終了した方の中から、技術的にも、熱意的にも十分と思われる人には、サヴィル・ロウで修行が積めるように、推薦状の提出から現地の生活に関するアドバイスまで行っています。来月から留学する生徒が一人いますが、彼はラッキーかもしれません。今のサヴィル・ロウのテーラーには現地の学生が多すぎて、席が空いていない状況で、留学させるのが難しいんです。

– 来年、ブランド設立10年という節目を迎えるにあたって、今後の展望をお聞かせください。

壮大な展望ではないのですが、若い人たちに「いいな」と興味を持ってもらえるようなスーツを作っていくことが目標です。一発で理解してもらうことは難しいかもしれませんが、やはりこれも積み重ねだと思っています。スーツを作りたい、勉強したいという人が増えても、注文したい人がいなければ成り立たないですからね。今の自分の立ち位置から、アピールできることに取り組んでいきたいと思います。

「テーラリングにおいて、ミスはつきもの。ミスに気がついた時、その糸をほどく勇気を持ち合わせた者が一流のテーラーだ」。サヴィル・ロウの伝説的なテーラーから学んだ教えを大切に、“イングリッシュドレープ”と呼ばれる超構築的なシルエットの伝統を守り抜く一方、よりモダンで、デザイン性の高いスーツ作りにも取り組み、次世代テーラーを育成するアカデミーを開くなど、新風を吹き込みながら、日本のビスポークスーツ界を牽引し続けている久保田氏。揺るがない独自の手法と発想で、今後もスーツファンを絶大に魅了してくれるだろう。

BLUE SHEARS公式サイト